・プロセスワークの発祥と発展

  1.ドリームボディ(Dreambody)の発見

    プロセスワークは、ユング派分析家であったアーノルド・ミンデルによって創始された。彼は、元々、マサチューセッツ工科大学大学院で理論物理学を研究していたが、その一環で渡ったチューリッヒで分析心理学と出会い、心理学に畑を転向してしまった。物理学と心理学は一見全く別の分野だと思われる方もおいでかもしれないが、ユングの心理学と現代物理学の背景にあるパラダイムには多くの共通点があり、ユング自身も現代物理学者らと交流もあったことを考えれば、うなずけない話でもないであろう。

 さて、ユング派分析家として活動をしていたミンデルは、やがて、自らの身体症状に苦しめられるようになる。彼の同朋であり門下生でもあるジュリー・ダイヤモンド、リー・スパーク・ジョーンズ(1)も言うとおり、ここが理系出身のミンデルらしいところであるが、彼は、自分の学んでいるユング心理学の理論や手法が自分の身体症状にも当てはまらないだろうかと考えるようになる。ユング派は、おおまかに言ってしまえば(1)、眠っている時に見る夢に無意識が意識を補償するような意味や目的がある(目的論:teleology)と考えるのであるが、ミンデルは、つまり、その夢を眠っているときばかりでなく、起きている時に体が見るとは考えられないかと思い始めたわけである。彼は、この仮説をある癌患者との出会いで実証することになり(2)、夢見る身体(夢身体=ドリームボディ)という概念が誕生した。プロセスワークは、その最早期に「ドリームボディワーク」と呼ばれるが、それはこうした所以による。


   参照文献
(1)A Path Made by Walking-process Work in Practice Julie Diamond and Lee Spark Jones (Portland: Lao Tsu Press, 2004)
*残念ながらまだ邦訳はないが、プロセスワークの発祥と発展についてより詳しく知りたい方は、本書の冒頭によくまとまったものがあるので参照されたい。
(2)Working with the Dreaming Body (London: Penguin Arkana,1984. Reprint. Portland: Lao Tsu Press,2002) 
邦訳:「ドリームボディワーク」高岡よし子、伊藤雄二郎訳、藤見幸雄監訳 春秋社


2.プロセス指向心理学(POP:Process Oriented Psychology)からプロセスワークへ
 病理学的アプローチ以外の身体への関わりを模索しながら、ミンデルが 西洋科学的な概念以外の身体観やパラダイムを求めたことは想像にかたくない。彼は目的論的な考え方を基盤に、ドリームボディの概念ユング心理学だけでなく、道教や錬金術、シャーマニズム、禅仏教などとも結びつけて考えるようになっていき、ユング派とは袂を分かつようになる。

 ミンデル自身からは、自らその概念を「ユングの一番若い娘の一人」(3)だと言っているように、その死の数ヵ月後に出会ったユング心理学を通じて彼を敬愛し続けて止まないことが伝わってくるし、近年、ユング派との関係も悪くないところまで回復したようであるが、新しいものが生まれる時の世の常に習い、ユング派から遠ざけられた時期もあったようである。

 それでも尽きないミンデルの理系研究者らしい探究心は、人が意識するとしないとに関わらず出しているシグナル(表情や仕草、声や雰囲気などにあらわれる情報の断片)をベースにした独自の方法論を編み出してゆく。それに伴い、そのアプローチは個人に対して「話すセラピー」の範疇を越え、動きや瞑想のような方法、また、関係性や集団で行う方法などにまで発展した。(1)1982年チューリッヒにリサーチソサイエティができた時には、その名も夢身体の域を越え、「プロセス」という言葉を、例えば道教にいう「道」のような概念を表す言葉として定義づけ、自らを「プロセス指向心理学」と呼ぶようになっていたようである。

 シグナルベースの方法論を展開するうちに、個人だけではなくあらゆる葛藤にその概念の適用が可能になったプロセス指向心理学は、その応用領域をさらに広げ、例えば、世界で起こっている社会現象、事件、事故が引き起こす葛藤を扱うワールドワークなども行われるようになった。もはや、心理学の領域を越えたというところから、今日ではプロセスワークと呼ばれることも多くなってきた。


参照文献
(3)「ユング心理学の新たな発展」アーノルド・ミンデル/吉福伸逸 山王出版 1989
引用文献
(1)A Path Made by Walking-process Work in Practice Julie Diamond and Lee Spark Jones (Portland: Lao Tsu Press, 2004) P.6


3.シグナルベースを越えて
 近年、ミンデルの好奇心は自らが構築し、同胞らとともに発展させたシグナルベースの領域をもさらに越え、「シグナルとして掌握可能な形になる以前のより本質に近い」エッセンスと呼ばれる領域に展開している。

 なんのことやら、、とおっしゃる声が聞こえてきそうだが、実は、日本文化圏の方々には比較的馴染みのある領域かもしれない。ここは、概念を述べるところではないので、その概要のなんたるかを知るにはしばらく御辛抱を願うことになるが、例えば、朝食の後のお茶の入った湯呑を覗いた年配の方が、「茶柱がたってるから、今日はいいことがあるぞ。」などとおっしゃるのを聞いたことがないだろうか。そして、迷信だなどと思いつつも、自分の湯呑に茶柱がたつとちょっぴり期待してみたりするような経験はないだろうか。

 中には反対に悪いことがあるという説もあるが、いずれにしろ、なにかめったにおきないような予期しがたいようなことが今日はおきるかもしれない、、という意味であることには違いない。実際にいいことやめったにないことが起きるかどうかには立ち入らないが、このように事が起きる前にすでに予兆としてなんらかの傾向が立ち現れているというような考え方は、ばかばかしいなどと思いながらも、この文化圏では意外に馴染みが深い。これがエッセンスと共通した考え方である。このようなほんの小さな予兆のような領域は、当初センシエントと呼ばれたが、より分かりやすい用語として最近ではエッセンスと呼ばれることが多い。


4.心理学と物理学に橋をかける

 エッセンスの領域に踏み込んだミンデルは、彼の出自である物理学と心理学の共通点を公にしていくことをためらわなくなったようである。物理畑の方々には抵抗感のある方も少なくないようだが、果たして、それは彼がユング派と袂を分かったときにユング派の人々が覚えた抵抗と同質のものなのか、はたまた、ミンデルが根本的なところで現代物理学とずれを生じてしまったのか。。。

 物理学は門外漢どころか高校レベルすらさっぱりの筆者には答える術もないが、ベクトルと先住民文化がもつ動物的な方向感覚とを結びつけたりしてくれるのは、心理畑にいる一人としては、意外なような納得なような感覚があって興味深い。どうなることやら先を楽しみにしたい。

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 ユング心理学やプロセスワークをまだご存知ない方にはぴんとこないお話かもしれないが、こうしてプロセスワークの発祥と発展の経緯をざっくり概観してみても、その流れがミンデルを中心に展開されてきた理論と矛盾がないことを、改めて確認させられてしまう。ある状態があって、時が満ちるとプロセスに呼ばれてその状態が変容していくというプロセスワークの考え方を、プロセスワークの歴史自体がひとつのモデルとして体現しているのである。

 また、最近のミンデルはプロセスワークで残したいことをひとつあげろと言われたら、それは「好奇心(curiosity)」あるいは、子供のように「不思議がる心(wondering)だというようなことを言っている。筆者のような権威服従型日本文化が身にしみた人間は、権威ミンデルや同朋の教授陣から言われる理論を必死で学んでプロセスワークを学ぼうとしがちであり、勿論、それも軽んじられることではないのだが、ミンデルは根本的なところでは、自身の築いた理論そのものには執着がないようである。

 筆者自身、気がつけば、つたない論文の中で似たようなことに言及している箇所があり、それに倣えば、常に未知なるものやおのずとわいた疑問に開かれた態度があれば、おのずとプロセスに従うことになるのだから、ミンデルの言うことは御説ごもっともとしか言いようがない。 また、プロセスワークの発展をミンデル中心に概観してみると、彼はまさにその「不思議がる心」を忘れないことを実践しており、その結果、プロセスワークがプロセスワーク自身を体現していると言えなくもないのである。

 そして、結局権威に従うことになってしまうのであるが、今ここに、 筆者の中の「不思議がる心」に従うことを再度肝に銘じたいと思う。